週刊朝日 2005年4月22日号
眼科担当の矢部比呂夫の記事が掲載されました。
媒体名 :週刊朝日
掲載号 :2005年4月22日号
掲載企画名 :名医の最新医療15
記事タイトル:目の病気⑧ 眼科下垂
掲載ページ :P.112-113
加齢のほかコンタクトレンズの長期使用などが影響
状態に応じ、「腱膜固定術」や「ミューラー筋短縮術」で改善
数年前から、まぶたが上がりにくく、いつも眠いような表情になってしまいます。肩こりの原因にもなると聞きました。手術で簡単に治るのでしょうか。(静岡県・女性・45歳)
多い腱膜性の眼瞼下垂頭痛などの随伴症状も
長野県内の看護師A子さん(45)は8年前から鏡を見るたびに、まぶたが下がってきていることが気になっていた。夕方になると、まぶたが重くなり、必死で目を開く。疲れやすく、頭痛と肩こりもひどかった。
悩んでいるうち、眼瞼下垂という病気があることを知り、自分もそうなのではないかと、信州大学医学部附属病院形成外科へ。A子さんを診た同科の松尾清教授は、「腱膜性眼瞼下垂症」と診断した。
まぶたの裏側には、骨格のような役割をする硬い瞼板があり、その全面には腱膜が密着している。腱膜につながっている眼瞼挙筋、ミューラー筋という2種類の筋肉が収縮すると、まぶたが上がる仕組みだ。加齢によって腱膜や筋肉が重力に逆らえなくなったり、目をこすりすぎたりすると、腱膜が緩んで瞼板から外れ、まぶたが下がってくる。
「眼瞼下垂には先天性と後天性のものがあります。後者の多くは腱膜性で、加齢やコンタクトレンズの長期使用、目をこする習慣などが影響して起こります。また、白内障の手術後に起こることもあります」
A子さんは25年間、ハードコンタクトレンズを使用してきた。ソフトよりもハードのコンタクトレンズのほうが腱膜性眼瞼下垂症になりやすい。また、ひどい花粉症で、よく目をこすっていた。
アトピー性皮膚炎やアレルギー性結膜炎がある人、よく泣く人、アイメークをしている人などもまぶたをこする頻度が高いため、腱膜性眼瞼下垂症になる可能性が高いという。
このような眼瞼下垂症になると、目を開けづらいといった機能面や、老けて見えるという美容面の問題のほか、いろいろな随伴症状が出ることがわかっている。
たとえば、まぶたを上げて目を開くとき、前頭筋(額の筋肉)を使って眉毛を上げなければならない。このため、前頭筋に常に力が入った状態となり、緊張型頭痛を起こしやすい。また、前頭筋を収縮させる際、肩や腰の筋肉にも力が入り、肩こりや腰痛にもなる。
さらに、眼瞼挙筋を必死に収縮させることで筋肉が疲れ、目の奥が痛む。同時に、ミューラー筋を収縮させるために交感神経はいつも緊張した状態に。すると冷え性、便秘、手のひらの発汗、光をまぶしく感じる症状なども出やすくなる。
松尾教授が診たところ、A子さんは必死にまぶたを上げていたため、いつも歯をくいしばり、舌で前歯を押す癖もついていた。それでも、まぶたは正常範囲まで上がらず、瞳孔の上部は隠れていた。
そこで、外れた腱膜を元に戻す「腱膜固定術」という手術をすることにした。まぶたを切開して、腱膜の一部である眼窩(がんか)隔膜を瞼板に縫いつけるものだ。二重まぶたにしたい人は、これを皮膚にも縫いつける(こうすると手術の傷跡が二重のライン内に入って目立たなくなるメリットも)。
手術は約1時間で終了するが、同病院では1、2日入院してもらう。
A子さんは術後、顔じゅうの筋肉に力を入れなくてすむようになり、表情が柔和になった。また、以前は不安や緊張を感じやすかったが、それも軽減した。
「腱膜性眼瞼下垂症の人は不安や緊張を過度に感じる傾向があります。まぶたの動きと脳内物質がどのように関係しているのか、現在、研究中です」
ところで、腱膜性眼瞼下垂症になる前に、次の二つの病態がある。
①腱膜分離症=腱膜が瞼板から外れている状態。あまり努力しなくても、まぶたは上がり、随伴症状もない
②腱膜すべり症=瞼板から外れた腱膜がすべり落ちている状態。努力しないと、まぶたは上がらず、さまざまな症状がでる
そして、腱膜性眼瞼下垂症になると、努力しても、まぶたが思うように上がらず、瞳孔の上部が隠れてしまう。治療では、腱膜すべり症から健康保険が適用される。
「高齢者のほとんどは腱膜が瞼板から外れている状態です。若い人でも目を酷使すると症状が出やすく、多くの人に腱膜すべり症が疑われます。放っておくと進行するので、この段階での手術をお勧めします。囲碁、編み物、ガーデニングなど、下を向くことが多い趣味を持っていると、症状は軽くなります」
松尾教授によると、次の兆候がある人は腱膜すべり症の可能性があり、要注意だという。
▽二重の幅が広くなった
▽目の上がくぼんできた
▽正面を見ているときでも目の下部の白目が見える
▽額に横ジワができた
▽朝起きたとき、なかなかまぶたが開かない
▽夕方になると、まぶたが疲れて開かない
▽食後や飲酒後にまぶたが重い
軽度や中程度のものに簡便で有効な手段
眼瞼下垂の手術では、「眼瞼挙筋短縮術」という手術が主流だった(前述の腱膜固定術は主に形成外科などで行われている)。これは、眼瞼挙筋を短くして瞼板に縫いつける方法だ。現在も先天性で重度の眼瞼下垂に用いられている。
だが、まぶた全体のカーブが変わり、手術前と顔が違ったり、瞳の動きに伴うまぶたの自然な動きが損なわれたりする短所があった。
東京都内のB子さん(73)は東邦大学医学部付属大橋病院の眼科で白内障の手術を受けたあと、まぶたが下がってきた。そこで同じ眼科の矢部比呂夫助教授が診たところ、右の瞳は半分くらいまで隠れていた。
そこで矢部助教授は、B子さんに交感神経を刺激する塩酸アプラクロニジン(商品名アイオピジン)を点眼した。すると眉毛を上げなくても、まぶたを正常の高さまで上げることができた。
矢部助教授は言う。「この点眼薬で交感神経を刺激し、まぶたを正常に開くことが確認できれば、ミューラー筋の障害が眼瞼下垂の原因になっているという判断がつきます」
そこで矢部助教授は、B子さんに「ミューラー筋短縮術」という手術をした。眼瞼下垂の手術を積極的に実施している米国では、9割がこの手術だという。大きな眼瞼挙筋を短縮するより、その働きを補助しているミューラー筋を短縮するので、そのほうが手術も簡単で、術後のトラブルも少ない。
日本では、この手術を顕微鏡下で行い、精度を高めるようにしている。矢部助教授は、顕微鏡下でミューラー筋をつかむのに便利な、ワニの口の形に似た特殊な鉗子(かんし)を開発した。
「軽度から中程度の眼瞼下垂なら、ミューラー筋を短縮するだけでも十分に改善します」
手術では、眼瞼下垂が軽度の場合は眼瞼裏の結膜を切開、また、中程度の場合は瞼板の皮膚を切開し、ミューラー筋を鉗子ではさんで適宜、短縮する。日帰り手術が可能だ。
術後、B子さんの右まぶたはしっかり開くようになった。が、今度は左まぶたの下垂も気になり、その手術を検討中だという。
(中寺暁子、堀口明男)
信州大学医学部附属病院 形成外科 松尾清教授
東邦大学医学部付属大橋病院 眼科 矢部比呂夫助教授